2014年5月2日金曜日

『とびら8課』の作文【書き直し】



台湾では、布袋劇はとても人気がある伝統芸能です。一番有名なのは、『霹靂』というテレビ布袋劇です。このドラマによって、台湾語は台湾の若者に広めることができます。普通のドラマのような魔法が出て来る英雄の物語りで、色々な布袋劇のユニークな特徴を表します。

『霹靂』のひとつの人形


台湾の伝統芸なので、台湾語だけで話します。また、色々な人物が登場するけれども声優が同じ人という点は台湾の伝統布袋劇と同じです。『霹靂』では、この人は男の人ですので、女の人の声を吹き替える時、声が高くなって、とても面白いです。すごい戦いの場面がよく出て来て、このドラマにはCGのおかげで複雑な場面ができます。

台湾語で古代中国語を話すので、私にとって分かりにくいです。でも、見れば見るほど、どんどん分かるようになると思います。

2014年4月27日日曜日

『とびら8課』の作文


台湾では、布袋劇(ほていげき)はとても人気がある伝統芸能です。一番有名なのは、『霹靂』(ピリ)というテレビ布袋劇です。このドラマによって、台湾語は台湾の若者に広がることができるらしいです。主人公達は、飛行機の安全ビデオさえに出て来て、色々な説明をしました。このテレビ番組は、台湾の色々な布袋劇のユニークな特徴が表します。



ドラマには、魔法が出て来て、英雄の物語りを描きます。台湾の伝統芸のですので、台湾語だけで話します。また、色々な人物が登場するけれど声優(せいゆう)が同じ人という点は台湾の伝統布袋劇と同じです。『霹靂』には、この人は男の人ですので、女の人を吹き替える時、声が高くなって、とても面白いです。すごい戦う場面がよく出て来て、このドラマにはコンピューター生成画像(せいせいがぞう)のおかげで複雑な場面ができます。

台湾語で古代中国語を話しますから、私にとって分かりにくいです。でも、見れば見るほど、どんどん分かるようにできると思います。

正直であること【書き直し】



「人をだまさない政治家はいない。」最近、友達がこれを言いました。話し合った後、私は友達の意見に賛成することにしました。長い間、私は政治家のうそが嫌だと思ったけれど、仕方がないでしょう。大衆は、時々あまり論理的に考えることができないような気がします。例えば、アメリカでの60年代のマッカーシズムや、第二次世界大戦のひどい宣伝などはそうでした。だから、特に困ることが起こった場合には、何でも事実を明るくなったら、社会が大混乱(だいこんらん)になると思います。政治は、このような結果を出さないように存在しているのでしょう。

しかし、うそをつくことが必要だとしたら、誰がどのような場合ではうそをついてもいいでしょうか。政治も、人々も、必要などという言い訳を使って、うそをつきすぎます。他人をだますことの必要性(せい)を考えなければなりません。実は、私は、最近この問題をもっと考えてきました。というのは、うそをつくことは本当に苦手だからです。すごく小さいうそはいいかもしれませんが、もし本当にうそをついたら、すぐ後悔(こうかい)して、後でもっと説明しなくてはいけません。この結果、私は他人に利用されやすくなるかもしれないと思います。同時に、私にとって、うそをつくことが難しいです。

ビデオブログ②


想像力=imagination
セールフォン=>携帯電話...ちょっと間違えてしまったんです。

2014年4月22日火曜日

正直であること




「人をだまさない政治家(せいじか)がいない。」最近、友達はこういう話を言いました。話し合って、私も賛成することに気がつきました。長い時間、私はこれが嫌だと思ったけれど、仕方がないではないでしょう。大衆(=たいしゅう the masses)の意見は、時々あまり論理的(=りろんてき logical)に考えることができないような気がします。例えば、アメリカでの60年代のマッカーシズム(McCarthyism)や、第二次世界大戦のひどい宣伝などのことです。だから、特に困った時に、何でも皆に教えたら、社会が大混乱(=だいこんらん chaos)になると思います。政治は、この結果を出ないように存在しているのではないでしょう。 

第二次世界大戦のイメージは、どうしてこんなにひどいでしょうか。大衆のせいではないでしょうか。

しかし、うそをつくのは必要ならば、誰がどの場合ではうそをついてもいいでしょうか。政治も、人々も、必要などという言い訳(いいわけ excuse)を使って、うそをつきすぎます。他人をだますことの必要さの限り(=かぎり limit)は考えなければなりません。実は、私も、最近この問題をもっと考えてなりました。というのは、うそをつくことは本当に苦手だからです。すごく小さいのは、いいかもしれませんが、もし本当にうそをついたら、すぐ悪く思って、後で明るく説明しなくてはいけません。この結果、私は他人に利用されて(りよう used by other people)いやすくなるかもしれないと思います。同時に、私にとって、うそをつくことが難しいです。

2014年4月15日火曜日

過去を見る【書き直し】



(過去=かこpast)


今年は第一次世界大戦の開戦百周年(ひゃくしゅうねんhundredth year)となることに気が付きました。それから、歴史の大切さについて、どうして自分は歴史が大好きなのかをもう一度考え直しています。


こういう本が大切ですね。この絵は、第一次世界大戦の日本兵士(へいしsoldiers)です。


子供の時、「歴史なんて、もう死んだ人がしたことばかりじゃないか」と考えていました。どうして歴史なんて勉強しなければならないか分からなくて、つまらなないと思っていました。というのは、歴史の授業にイベントや日付(ひづけdate)ばかりを覚えるので、かなりつまらなかったからですね。でも、歴史はそれだけではないことに気が付きました。を覚えるばかりのは、かなりつまらないからです。でも、歴史はこれだけではないことに気が付きました。


歴史は無限(むげんlimitless)の情報や物語の宝箱(たからばこtreasure box)です。この中の物が分かったら、過去の人達の生活の見ることができて、代々の人達の成功や間違いから学べます。それで、歴史というのは、哲学や社会学など、色々な分野が含まれていると言えるのではないでしょうか。歴史は、今まで人類の成功や失敗の要約(ようやくsummary)です。だから、過去を理解(りかいするto understand)しなければ、現在が理解できません。人々は、いつも現況況(げんきょうcurrent situation)に文句を言いますが、過去を本当に分かったら、過去より現在の方がすごいということに気が付くでしょう。もちろん、今は理想な世界からまだすごく遠いですが、どのことが過去よりいいか、どのことが悪いかを理解することが大切だと思います。

Self-reflection: I have noticed that I still tend to be very careless in my rough drafts (e.g. even forgetting a た in ました) and make mistakes on particles or phrasing that seem very obvious in retrospect. I still make a lot of particle errors, especially with は vs. が. On the other hand, I think I've improved in terms of limiting myself to structures I understand and in how to use them more properly, and indeed in using new sentence structures we've learned.